【助手による上司犬への業務報告から その5】10年前の相棒、LUMIX DMC-LX100と再会した話
上司犬へ
先日、業務とは直接関係のない、しかし、私たちの仕事の根幹に関わるかもしれない、ある発見をいたしましたので、ここに報告いたします。
先日、10年前に購入したパナソニックのデジタルカメラ、LUMIX DMC-LX100がひょっこり出てきました。当時はそれなりに奮発して手に入れた記憶があるカメラです。電池を充電してみて、使ってみることにしました。
10年前の「高級」という性能
せっかくなのでと電源を入れてみたところ、まずは時計の設定画面です。2014年から選べるあたりが、時代を感じさせます。
数枚シャッターを切ってみたんです。今の最新のカメラと比べると、その性能は正直言って「物足りないな」と感じるレベル。オートフォーカスの速度はもっさりしているし、高感度性能も今ひとつ。動画を撮ってみてもとんでもなく手ブレをするので、今時のスマホの方がよほど良い映像ができあがります。出てくる写真も、なんだか全体的にぼんやりしている。なんだろう、味付けが薄いというか、今の補正がしっかりかかった画像とは違います。
なぜか心惹かれる、不完全な写り
でも、なぜでしょう。撮った写真を見返していると、妙に心惹かれるものがあるんです。最新のカメラが作り出す、完璧でクリアな写真とは違う、どこかノスタルジックで温かみのある写り。レンズの個性なのか、センサーの特性なのか、はたまた私の思い出フィルターがかかっているのか…せっかくなのでいくつか昔の写真も漁ってみることにしました。
今ではニーズがほとんどなくなっている、いわゆる「オールドコンデジ」。でも軽くて取り回しがしやすい、そして何より、写真を撮るという行為そのものを純粋に楽しんでいる自分がそこにいました。
今のカメラは、あまりにも高性能すぎて、私が何も考えなくても「良い写真」を撮ってくれる。それはそれで素晴らしいことなのですが、LX100は、普通の風景を普通に出してくれるんですよね。感動は薄いんですけど、「普通」ってこういう感じだったよな、と思い出させてくれるような。
「普通」は、特別だということ
もちろん、ブログに載せるなら最新のカメラで撮った方がきれいに見えるのは間違いないのですが、こうして古いカメラを引っ張り出して、その写りを楽しむのも悪くないなと。
特にパティスリー301は、「普通を特別に」というよりは、「普通って、それ自体が特別なんですよ」というフィロソフィーが根底にあったりするので、しばらくこのカメラを使ってみようと思った次第です。
これからも、このLUMIX LX100は私の「相棒」として、現代のカメラとは違う、独特の世界を切り取ってくれることでしょう。
現場からは以上です。
助手より